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赤猫丸平の片付かない部屋

Une chambre mal organizée

弘法湯跡 アレトゥーサ渋谷 銭湯遺跡探訪(2)

井の頭線・神泉駅の前で1979年まで営業していた「神泉湯」の跡を訪ねる。

02_3 弘法湯跡のアレトゥーサ渋谷 渋谷区円山町23-2(2017_0429_132810)
02_4 弘法湯跡のアレトゥーサ渋谷 渋谷区円山町23-2(2017_0429_132827)
弘法湯の跡には「アレトゥーサ渋谷」(渋谷区円山町23-2)というオフィスビルが建つ。その最上階には資産管理会社らしき有限会社「弘法湯」が入居している。「アレトゥーサ」とはギリシャ神話に登場する泉の精霊であり、その名に銭湯の痕跡をとどめる。

02_6 弘法湯跡のカフェ・ドゥ・ラ・フォンテーヌ 渋谷区円山町23-2(2017_0429_134138)
02_7 弘法湯跡のカフェ・ドゥ・ラ・フォンテーヌ 渋谷区円山町23-2(2017_0429_133244)
「アレトゥーサ渋谷」に隣接する「ラ・フォンテーヌ」ビルでは、弘法湯の経営者の子孫が同名の喫茶店を営業している。「ラ・フォンテーヌ」とはフランス語で「泉」の意で、弘法大師が地面を錫杖で突くと泉が湧出したという伝説から。喫茶店の店内には昔の渋谷の写真などが展示されていた。

02_1 弘法湯(1970)渋谷区円山町23-2
1970年住宅地図。弘法湯は神泉駅前にかなり広い敷地を有していた。円山町の高台(右上)には旅館(待合)や料理屋が並び、三業地がまだ健在であった。

02_2 弘法湯(2015)渋谷区円山町23-2
2015年住宅地図。弘法湯の出入口は「アレトゥーサ渋谷」の車両出入口(裏口)となっている。円山町の旅館はラブホテルに転じ、料理屋はわずか数軒が残るのみ。

弘法湯について詳しく伝える新聞記事(読売新聞2016年3月28日朝刊都民版33頁)。
02_8 弘法湯 読売新聞2016年3月28日朝刊都民版33頁bis

安岡章太郎『僕の東京地図』(文化出版局、1985年)に弘法湯に関する記述がある。「…道玄坂を真直ぐ上って右に折れると、弘法湯という円山の芸者の大勢入りにくるので有名な銭湯があり、そこはもう神泉である。僕が、若干まわり道をして百軒店から裏道を神泉へ出たのは、子供心にも何かそこに気をそそられるようなものがあったからだ。」(91頁)「百軒店のカフェーからは、すでに流行遅れになったそんなレコードの、すっとんきょうな黄色い声でうたうのが、へんに物悲しく聞えて、僕は背中のランドセルをゆすりながら、弘法湯の前を通り過ぎて、神泉から松見坂へ出るのである。」(93頁)「…また、横丁へ曲っても、神泉の弘法湯はすでに数年前に姿を消してスーパー・マーケットか何かに変っているが、円山の花街はまだ続いているらしく、土地に泌みこんだ匂いは、そのままあたりに漂っている。…」(94頁)。
02_8 安岡章太郎『僕の東京地図』のなかの弘法湯(2017_0603_225428)

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